ニカラグアの政情不安は今にはじまったことではありません。コスタリカのすぐ北にあるこの小さな国の人びとは、スペイン人の到来から、何度となく独裁政治や内戦に苦しんできました。また、傭兵ウィリアム・ウォーカーの侵略も含めて、たびたびアメリカが軍事的にも政治的にも介入しています。
ニカラグアは天然資源も乏しく、経済発展だけでなく、教育や保健医療の発展もおくれているため、いまだに中南米諸国のなかでいちばん貧しい国のひとつです。そして富は少数の人びとの手に集中しています。
このような背景のもと、1979年に、最初のサンディニスタ革命がおこり、45年間続いたソモサ一家の独裁政権がくつがえされました。ソモサに対する反乱には国民全体が参加したものの、新しい政権は、最終的には左翼ゲリラ軍、サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が独占することになります。そして1984年に、FSLNの最高司令官のひとり、ダニエル・オルテガが大統領選挙に勝利します。反政府派はこの選挙をボイコットしました。
サンディニスタ革命は、保健医療や教育の拡大、貧困層の政治参加などにおいては大きな成果をあげました。しかし、社会主義的政策の失敗や、アメリカの制裁による経済状況の衰退、そして権威主義的な政治が反発を呼びます。反対派の一部がアメリカの軍事的支援を得て武力闘争の道を選び、ニカラグアは再び内戦におちいりました。
コスタリカのオスカル・アリアス大統領や、グアテマラのビ二シオ・セㇾソ大統領らの働きかけにより、サンディニスタ政権は、1987年にグアテマラのエスキプーラスで中央アメリカ和平計画に調印します。エスキプーラスIIとよばれるこの合意書に調印することによって、ニカラグアは国民和解、民主化、自由選挙を目指すことを約束しました。
1990年に大統領選挙が行われ、予想外に、反対派候補のビオレタ・チャモロが勝利しました。オルテガはこのとき大統領の座をおりますが、2006年の大統領選挙で、再び政権をとります。オルテガ政権のもと、経済は成長しますが、議会や司法制度、選挙委員会などの機関ではオルテガ派の独裁化が始まりました。
サンディニスタ革命の当初の理想主義が、オルテガによる権力の独占により変貌し、良心的なサンディニスタたちは、党を離れて行きました。
そして、憲法上、大統領の再選が禁じられているにもかかわらず、最高裁の審判と、憲法の改正により、オルテガは2011年と2016年に再選され、今にいたります。とくに2016年の選挙は米州機構などの国際オブザーバーから、正当性を問われています。この選挙では、オルテガの妻のロサリオ・ムリージョが副大統領に選ばれました。

2018年4月から今日までの主要な出来事
2018年
4月始め インディオ・マイス自然保護区域で大きな山火事が起こる
4月13日 大学生を中心に、数百人が、政府の対応の不十分さに抗議してデモ行進。政府側はこれを鎮圧。
4月16日 政府が、年金支給額の削減と、企業ならびに個人の負担増をふくむ社会保障制度の改革を発表。
4月18-19日 首都マナグアとレオン市で反対デモがおこり、警察はこれらを暴力的に鎮圧。
4月19-22日 国中で反対デモがおこり、何千人もが参加。警察とサンディニスタ支持派の武装グループによる暴力行為が続く。米州人権委員会によると、この間49人の死者が出た。
5月16日 カトリック教会の仲介のもと、政府と、「民主主義と正義のための市民同盟」に統合された反政府側の対話開始。反政府側はオルテガ夫婦の辞任を求め、オルテガ側は、反対派は海外からの支援を受け、クーデターをおこそうとしている、と告発。
5月30日 何十万人もがニカラグア各地で反政府デモに参加。政府側はデモ参加者に発砲、死者19人。
9月28日 警察がデモを違法とする声明を発表。
10月4日 市民同盟ほか多数の市民団体があつまり、「青と白の結束」(青と白はニカラグア国旗の色)を起ち上げる。
10月18日 米州人権委員会がニカラグアについての報告書を発表。4月18日以来、死者325名、そのうち21人が警察官、24人が未成年と指摘。

12月14日 警察が、ジャーナリスト、カルロス・フェルナンド・チャモロ率いる3つのメディアを占拠。チャモロはその後コスタリカに亡命。
12月21日 警察がジャーナリスト、ミゲル・モラとルシア・ピネダを逮捕、そして彼らのテレビ局100% Noticias (100% ニュース)を占拠。
12月21日 米州機構とニカラグア政府間の合意のもとに、4月18日から5月30日の間に発生した暴力事件の調査を行うため発足した、独立専門家グループ(GIEI)が報告書を発表。ニカラグア政府による暴力行為は計画的、かつ組織的に行われたものであって、人道犯罪とみなすことができる、と指摘。
2019年
1月29日 社会主義インターナショナルがサンディニスタ民族解放戦線を放逐。スペインの社会労働党は「民主主義と専制政治は相いれない」と宣言。
2月1日 政府が、一時撤回した社会保障制度の改革を強制。
2月18日 政府に対する抗議デモに参加した農民リーダー、メダルド・マイレナが、テロリズムなどの容疑で216年の実刑判決を受ける。
2月27日 政府と反対派の対話再開。課題は、選挙制度改革と弾圧の犠牲者のための正義。政府側は政治犯100人を釈放するが、自宅監禁を命令。
4月3日 対話は政治犯の解放と言論や集会の自由について合意。ただし、選挙制度改革と弾圧の犠牲者のための正義については合意に至らず終了。
6月11日 上記のミゲル・モラ、ルシア・ピネダ、メダルド・マイレナを含むおよそ100人の政治犯が釈放される。
6月25日 米州人権委員会は、2月27日から6月11日のあいだに、491人の政治犯が解放されたが、いまだに91人が収監中と指摘。
7月14-21日 市民同盟の報告によると、この一週間のあいだに、反対派支持者19人が殺害され、42人が拘束された。
2019年7月27日)