
「今ではいろんな国から注文がきます。中南米だけでなくアメリカ、ヨーロッパ、それにオーストラリアやニュージーランドからもです。一度アルメニアの歴史的な英雄をたのまれたこともあります。」
コスタリカでは、3月6日に最初のコロナウイルス感染者が確認されました。それ以来、この国はこの地域のほかの国々とくらべて、感染者数だけでなく致死率も低く抑えています。5月3日の時点では感染者の総数が742人にのぼっていますが、そのうち399人はすでに回復しています。死者はこれまで6人しか出ていません。
コスタリカより人口の少ないニュージーランドが絶えずマスコミで成功例としてあげられますが、それでも感染者の総数は千人を超え、死者は20人にのぼっています。
コスタリカは、ほかの国々とくらべて極端な措置をとっているわけではありません。外出自粛勧告、国境の閉鎖、休校、夜間の車での外出の禁止など、戒厳令や外出禁止令を出している国がいくつかあるなか、むしろやわらかな対応です。国民が政府を信頼し、大半の人びとが外出をさけていること、そして医療保健制度がきちんと機能していることが今までの成功の秘訣でしょうか。
コロナ対策の先端にたっているのは保健大臣のダニエル・サラス氏です。2018年に41歳の若さで大臣に抜擢された、生え抜きの公衆衛生と疫学の専門家です。東北大学に留学した経験があります。サラス大臣は毎日、記者会見を通じて、コロナウイルスの感染状況について細かいデータを報告し、不必要な外出を控えるよう国民に訴えます。スーパーマンに変身する前のクラーク・ケントに似た生真面目な風貌と、はっきりしたわかりやすい言葉での説明、そして情報公開の透明性が国民の信頼を得ているようです。
一週間ちょっと前、こちらの新聞に、現地のアーティストがサラス大臣の人形をつくって、ソーシャルメディアに写真を投稿したところ大人気になったという記事が出ました。このアーティスト、マイコルにフェイスブックを通じて連絡してみました。
大臣の人気にびっくり
マイコル・ビジャルタ(Maikol Villalta)です。37歳です。Maik’s Customs CRという人形づくりの会社をやっています。
サラス大臣の人形は数週間前、若い女性のお客から注文があってつくりました。できあがったものを会社のフェイスブックページにアップして、郵便局にでかけました。そして列に並んで待っていると携帯がピンピン鳴り出したんです。メッセージの知らせです。フェイスブックをあけてみると、膨大な数のメッセージがはいっていて、いくらスクロールダウンしても終わりません。それに新しいメッセージがあとからあとからはいってきます。みんな大臣の人形についてコメントしたり、注文したいというものでした。
ぼくはテレビもニュースもあまりみないので、大臣がこんなに人気があるなんてしりませんでした。ぼくのフェイスブックページは、5年間かけてフォロワーが2万500人になったのが、大臣の人形のおかげで、3,4日のうちに3万4千人まで増えたんです。大臣の奥さんからもご主人にプレゼントしたいという注文がきました。
ほかにも欲しいというひとがたくさんいました。女性が多かったですね。でも今のところ20点しかつくらない予定です。まだほかの注文もたまってますし。でも少し大きめの人形を一点つくって、ぼくから大臣にプレゼントしようと思っています。いいしごとをしているのを認めてあげるべきだと思うので。
大臣の人形の売り上げの一部は、赤十字の職員たちをコロナ感染からまもるためのフェイスシールドを作るために使います。人形は一点3万コロン(約5,600円)で、そのうち2万コロン(3,700円)をフェイスシールドに回します。3Dプリンターを使ってつくるんですが、全部寄付する予定です。
世界中から注文が
ぼくはサンホセ生まれです。コスタリカ大学の近くにある家でずっと育ちました。いまは同じ敷地に人形づくり用のアトリエがあって、そのとなりにあるアパートに住んでいます。僕の育った家のとなりに祖父母が住んでいて、祖父は近くの材木屋ではたらいていました。よく祖母といっしょ昼ごはんを持って行ってあげたのをおぼえています。
子供のころからレゴが好きで、レゴのスーパーヒーローをずっと集めていました。とくにバットマンが好きでした。できあいのものは種類が少なくて飽きてしまったので、自分でつくりはじめたんです。バットマンだけで100種類ぐらいつくりました。
そのうち友だちからも頼まれるようになって、口コミで広く知られるようになりました。知らないひとからも注文がはいりはじめたんです。
だんだんレゴよりいろいろなデザインができる素材がほしくなって、フンコ・ポップというアメリカの会社が作っている、無地の人形を使うようになりました。まずコンピューターでデザインをつくって、それをもとに無地の人形に絵を描くんです。今は3Dプリンターを使ってメガネなどの付属品を作っています。
本格的に商売としてはじめたのは5年前でしたけど、それでも昼間は薬品会社で営業の仕事をして、人形づくりは夜やっていたんです。3年前に会社をクビになって、そのときほかの仕事をさがそうか、人形づくりに専念しようか考えました。とりあえず三ヶ月間人形のほうに打ち込んで見ることにしたんです。それ以来これが職業になりました。
今ではいろんな国から注文がきます。中南米だけでなくアメリカ、ヨーロッパ、それにオーストラリアやニュージーランドからもです。一度アルメニアの歴史的な英雄をたのまれたこともあります。みんなフェイスブックを通じての注文です。サッカー選手や歌手など有名人をたのまれることもありますが、ほとんどのひとは自分の身内や友だちの人形を注文してきます。たとえばバレンタインデーのプレゼント用に男の子が自分と彼女の人形をたのんだり。
人物の写真を送ってもらって、どういう服装にしたいか聞きます。箱も人物に応じてデザインします。たとえば農業をやっているひとなら野菜の絵を描いたり。サラス大臣の場合は、目とメガネに注目しました。目じりがちょっと下がっていて半分閉じた感じです。いつもまじめでちょっと怒ったような表情をしてますよね。
人物によって毎回ちがった作品を作るのがおもしろいんです。お客さんの反応をみるのも楽しいですね。やっぱり自分の姿をした人形をプレゼントされるというのは特別なことですから。
七転び八起き
ぼくはコスタリカ大学の芸術学部にはいりたくて試験を受けたんですが、最低7点とらなくてはならなかったのが6.8しかとれなくて落ちてしまいました。それでとりあえず哲学部にはいったんです。そこからもういちど芸術学部を受けてみるつもりで。でも結局は生活のために仕事をしなくてはならなくて、大学は中退してしまいました。
人形づくりは好きですし、会社はいずれひとを少しやとって、大きくしたいと思っています。今はパートでひとり手伝ってくれている以外はぼくひとりなので。それから大学の同級生と共同で新しい大きな3Dプリンターを買ったので、これを使って、たとえば医療器具をつくる会社をはじめることを考えています。
でも仕事のほかにも自分のために創造的なことをやりたいですね。たとえば彫刻とか絵とか。ぼくは歴史が好きなので歴史的な人物の彫刻をつくってみたいです。アップルの創設者のスティーブ・ジョブスとかコスタリカの英雄のフアン・サンタマリアとか。
ぼくはコスタリカで今の仕事をしていてしあわせです。今まで外国で暮らそうと考えたことはありません。コスタリカは平和で、とても自由な国です。いろいろ文句をいうひとがいますが、ほかの国とくらべてみるべきです。
コロナのおかげで生活がだいぶ変わってしまいましたね。テレワークが普通になりましたし。ぼくはもう3年前から家でしごとをしているので、あまり変化はないですけど。それができない分野はこれからどうなるんでしょう。不景気があまりひどくならなければいいんですが。社会がよい方向に変わっていくといいですね。
日本の文化にはとても興味があります。大学で一学期日本語を勉強したんですよ。アニメは大好きで、いちばん気に入っているのは「聖闘士星矢」です。ぼくはタトゥーをたくさんしてますが、むねに竜の刺青、そしてうでにとらがほってあります。うでには日本のこま犬とダルマもあります。ダルマは人形づくりの会社を起ち上げられることを願っていれました。願いがかなったのでもう片方の目を描き入れなくてはならないんですけどね。七転び八起きという言葉が好きです。日本人はひとに対して丁寧に接するところがいいですね。それからドイツと日本は敗戦からあのように立ち直って前に進んだことがとても立派だと思います。
(インタビュー2020年4月22日)