コロナ禍が民主主義を強化

マスクのつけ方を説明するサラス保健大臣(Ministerio de Salud de Costa Rica 写真)

コスタリカ大学の世論調査でとくに興味深いのは、政府に対する支持率の上昇と並行して、民主主義への支持もあがっていることです。コスタリカの政治制度を0から100までのスケールでどれだけ支持するかという質問に対し、2019年11月の平均点が58だったのに対し、今年の4月の調査では76まであがりました。

コスタリカのコロナ対策

前回、人形づくりのマイコルの物語のなかで、コスタリカのコロナ対策に触れました。今回はコロナ禍のさなかにコスタリカで行われた世論調査の興味深い結果についてお話ししましょう。

コスタリカ政府は3月初旬にはじめての感染者が出て以来、ほかのラテンアメリカ諸国とくらべて患者の数も致死率も低く保ってきました。ただ、5月の末ごろから以前とくらべて感染者数が加速的に増えはじめたのは心配です。それでも、たとえば人口がコスタリカよりやや少なめのパナマの件数が6月27日の時点で29,905人なのとくらべて、コスタリカの場合2,836人です。死者は12人にとどめています。成功例としてよくマスコミにとりあげられるニュージーランドでさえも、死者は22人出しています。

コスタリカ政府は、早めに外出自粛、バーやディスコの閉鎖、休校などの規制を課しました。同時に、パンデミックのために職を失ったり、所得が減ったひとを補助金などを通じて支援しています。

でもパンデミック抑制のカギとなっているのは、感染クラスターをみつけ、感染経路を追跡して封じ込めることと、リスクが高いと見なされる地域でのランダムなPCR検査です。最近は、感染の度合いを調査するために、地域によっては下水の検査もはじめました。また、病院がいっぱいにならないように軽症の患者は家で療養させ、地域の保健所がフォローします。

こういった対策が効果をあげているのも、コスタリカが1948年に社会保障公庫を設立して以来、すべての国民に質の高い保健医療サービスを提供できる制度づくりを続けてきたおかげです。

もうひとつコロナ対策の重要な要素はコミュニケーションです。前回の記事で触れた保健大臣のダニエル・サラス氏が毎日欠かさずに、新しい感染者の数、回復者数、入院患者数などもふくめた最新のデータを発表し、メディアの質問に答えます。とくに重要な発表があるときは大統領が参加することもあります。

このブログの編集を手がけてくださっている伊藤千尋さんが、コスタリカのコロナ対策についてフェイスブックの投稿に詳しく書いていらっしゃるので、これを共有させていただきます(ボックス参照)。

政府への信頼

これから紹介する世論調査の結果を見ると、コスタリカのコロナ対策が成功しているのは政府の言動が国民の信頼を得ているからだとわかります。この世論調査はコスタリカ大学が今年の4月に行ったもので、政府のコロナ対策に対する支持率が圧倒的であることを示しています。保健医療面での措置への支持率は93%、そして経済面の措置に対しては70%です。回答者の46%が家族の一員が仕事を失い、52%が家族のだれかの収入が減ったと答えているなかで、この支持率はとくに印象的です。

左が経済対策、右が保健医療対策の評価。中間色が「良い」、水色が「普通」、濃いブルーが「悪い」。

そして、コロナ対策への支持は大統領、そして政府全体への信頼度に反映されています。コロナ危機がコスタリカに訪れるまでは、税制改革や、大統領府が市民についてのプライベートな情報を集めていたことをめぐるスキャンダルなどのせいで、大統領も政府もとても不人気でした。ちなみに、2019年11月の時点での大統領の支持率は22%でした。ところが4月には65%にあがります。政府全体の支持率は2019年11月には18%だったのが、今年の4月には76%まであがります。

このグラフは1995年1月からの大統領への支持率の変遷をたどったものです。これを見ると、支持率が60%を超えたのは2003年以来はじめてで、2014年以降は、40%を超えたのもこれがはじめてです。

特定の省庁の評価をみると、0から10のスケールで、保健省が最高点で8.9という成績です。ただし保健省は今まで評価の対象になっていなかったのでコロナ禍前とは比較ができません。ほかの省庁はすべてコロナ以前から点数があがっています。公立病院や保健所を管理する社会保障公庫は6.3から8.5、警察は6.3から8.3、議会は4.8から6、政府全体は4.3から6.9、そして通常は大のきらわれものの政党も3.6から4.7にあがっています。

でもコロナのパンデミックがはじまってから、政府への信頼度があがったのはコスタリカだけではありません。アメリカのエデルマンというマーケティング会社が毎年「信頼度バロメーター」(Trust Barometer)という報告書をだしています。「信頼」についていろいろな角度から研究する世論調査で、11ヶ国(コスタリカはふくまれていません)でおこないます。2020年には1月の調査に続いて、コロナパンデミックの影響をしらべるために5月に新たな世論調査をおこないました。その結果、20年前に最初の「信頼度バロメーター」を発表して以来はじめて、各国の政府がNGO, 民間企業、メディアをぬいていちばんの信頼の対象となったのです。さらに、1月とくらべると、調査をおこなった11ヶ国のうち10ヶ国で政府に対する信頼度があがっています。しかも平均すると、回答者の54%から65%と、11ポイントの上昇です。残念なことに日本が例外で、43%から38%にさがっています。

民主主義への支持

コスタリカ大学の世論調査でとくに興味深いのは、政府に対する支持率の上昇と並行して、民主主義への支持もあがっていることです。コスタリカの政治制度を0から100までのスケールでどれだけ支持するかという質問に対し、2019年11月の平均点が58だったのに対し、今年の4月の調査では76まであがりました。

このグラフをみると、この数字は1983年から一貫して低下の傾向がみられます。また、この傾向はコスタリカだけでなくラテンアメリカ全体でおこっています。したがって、数ヶ月間にいっきに18点もあがるというのは驚くべきことです。

世論調査のもうひとつのおもしろい結果として「国家的神話」への賛同が増えたことがあります。「国家的神話」というのは、あり得ない作り話という意味とは少し違います。コスタリカという国のアイデンティティーの中核となる思想、または価値観といったらいいでしょうか。この世論調査は三つの神話への賛同の度合いを0から10のスケールではかっています。ひとつは、コスタリカが自由で民主的な国であるという神話。ふたつめは平和的な国であるという神話。そして三つめは自然を守る国だという神話です。このグラフでもわかるように、これらすべての神話への賛同の度合いがあがっています。ただし、民主主義への支持の場合ほど大きな変化はみられません。2017年から比較的たかいレベルをたもっています。これらの理想がコスタリカという国、そしてコスタリカの国民の自己認識として、この国の歴史をつうじて強く確立されてきたからでしょう。

3つの神話:左から「自由で民主的」、「平和的」、「自然を守る」。濃いブルーが2017年10月、薄いブルーが2019年11月、グレーが2020年4月。

コスタリカのコロナ対策が成功してきたのは、この国の人びとの大半が、政府の外出自粛のよびかけに応え、さまざまな規制もまもってきたからです。そしてその背景には、この世論調査からもわかるように、政府への信頼、そしてコスタリカという国を誇りに思う気持ちがありました。とくにコスタリカでパンデミックが広がりはじめた3月、4月中は、フェイスブックなどのソーシャルメディアで、「コスタリカ国民みんなでいっしょにがんばろう!」風のメッセージや、保健大臣と社会保障公庫のロマン・マカヤ総裁への感謝やはげましの投稿がよくみられました。コスタリカにとってパンデミックは国家と国民の結束のきっかけとなったわけです。

でもこれからが心配です。3月から5月にかけて、感染の広がりをかなり低くたもっていたコスタリカですが、5月の末ごろから増え方が加速してきました。そしてここ数日間は100の台が続いています。ひとつの理由として、おもにコスタリカの北の方でとれるパイナップルやユカ(カッサバ)などの農産物の収穫期にはいり、それにともなっていろいろな農場をわたりあるく日雇い労働者のあいだでクラスターが発生しはじめたのです。農産物の梱包工場でも感染者が出はじめました。労働者たちの多くはニカラグア人で、正式なビザも労働許可ももたないひとも大勢いるので、雇い主に搾取されがちです。マスクなど感染を防ぐすべもあたえられず、たくさんの労働者がせまい小屋のなかでいっしょに寝るのも普通です。

でもそれだけではありません。感染者は国のあちこちで出ています。とくに首都サンホセではかなりたくさんの感染者が発生しています。アラフエリータやパバスのような、低所得世帯が多く、小さい家に大勢が住んでいて、人と人とのあいだの距離がとりにくい地区に集中しているようです。

コスタリカ社会の不平等をコロナパンデミックがあらわにしたわけです。

このところ、これらの地域に保健省のチームが出向いて、集中的なPCR検査をおこなったり、北の方の農場や工場では労働条件や衛生状況を点検しています。その結果閉鎖された農場もかなりあるようです。感染者の隔離のための施設も設置しはじめています。

でも感染者がでているのは貧しいひとたちの間だけではありません。高級住宅の多い、私たちの住んでいるエスカスでもかなり多くの感染者がみつかっています。2,3日前には、エスカスの新聞に、高級住宅でパーティーをしているのを近所のひとが目撃して、警察に通報したというニュースがでていました。

サラス保健大臣は記者会見で、国民にたいして責任ある行動をとるよう必死に訴えています。彼はたびたびこう指摘します。「皆さんの協力がなければ、感染者が指数的にふえていくでしょう。そうなったらコスタリカの保健システムは崩壊してしまいます。」くれぐれもそうならないよう、コスタリカの政府も国民もがんばってくれるよう祈ります。

コスタリカのコロナ対策

                                                                                                                                    伊藤千尋

コスタリカに初めて感染者が確認されたのは3月6日で、アメリカからの観光客でした。政府は早くも3日後、集会を避け在宅勤務にするよう国民に求めました。バーやディスコを閉鎖し、感染阻止と生活維持の両立のため飲食店の客を収容人数の50%未満に制限しました。


最初の感染確認から10日後、まだ死者ゼロの段階で大統領は国家非常事態を宣言し、全ての学校を閉鎖しました。日本で緊急事態宣言といえばうさん臭く思われますが、コスタリカ国民は冷静に受け止めました。政府が独裁化する危険がないからです。なにせ大統領は連続再選が禁止され、2期8年おかなければ再び立候補できません。国会議員も連続再選禁止です。民主主義が制度として生きており政府が信頼されています。パニックや買い占めはありませんでした。


宣言の2日後に最初の死者が出ました。2人目の死者が出ると教会を閉鎖しました。国立病院をコロナ治療用に、国立リハビリテーションセンターをコロナ治療の専門病院に替えました。努力が実って、死者は6人に抑えられています。


さらに収入が減った人への補助金支給を決め、早い段階で給付を始めました。仕事を失った人には一般労働者の平均月収の約半分にあたる額を、仕事が減ったけれど以前の50%以上ある人には、その半額を、向こう3か月にわたって支給しています。手をいつもきれいに保てるよう、水道料金は徴収を中止しました。家賃が払えない人のために、支払いを半年猶予する通達を出しました。小、中、高校は閉鎖後もスマホやPCでバーチャル授業をし、子どもに米やパスタ、果物など食料やノートを配給しています。

僕は毎年コスタリカを訪れており、この1月にもスタディ・ツアーを組んで取材しました。そのとき環境面でガイドをしてくれた原田信也さんは、コスタリカに住んで16年になるベテランです。彼は「日本は政府にとって都合のいい政策を決め、国民の健康でなく経済の落ち込みを恐れている。コスタリカは国民が必要とすることを実行する。こちらの方が正しい民主主義に思える」とはっきり言います。

(2020年6月29日)

(Todos los gráficos fueron tomados del INFORME DE RESULTADOS DEL
ESTUDIO DE OPINIÓN SOCIOPOLÍTICA Abril 2020, Centro de Investigación y Estudios Políticos, Universidad de Costa Rica.=

コロナ禍が民主主義を強化” への2件のフィードバック

  1. Muchas gracias Yoriko por esta excelente visión panorámica. La receta de éxito de Costa Rica contra el coronavirus es clara: un gobierno que logró ganarse la confianza ciudadana y una población que sabe ser solidaria, reacción rápida, un sistema de salud universal y público, equipos de vigilancia epidemiológica con gran capacidad de reacción y estrategias de apoyo a los más vulnerados.

    1. Gracias por tus siempre atinados comentarios, Jorge Enrique. Lamentablemente en estos días estamos teniendo una explosión de casos en los 200s, y 300s. Si seguimos así se coparán los hospitales en poco tiempo. Es muy angustiante. Creo que es una combinación de un relajamiento excesivo de la gente en general y las condiciones en los barrios de bajos ingresos de San José y otras ciudades que no permiten que la gente se distancie o incluso que se queden en casa porque tienen que trabajar. Las autoridades están haciendo un llamado medio desesperado a la gente a acatar las medidas y tambien haciendo testeos masivos en ciertos barrios para detectar los casos silenciosos. Espero que estén a tiempo para contener esta explosión.

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