新しい物語を模索する経済学者、レオナルド(3)

コスタリカ大学の学生たちと

マルクスは、「人間は複数の決定要因の統合のたまものだ」といいました。物語とはその複数の要因を統合して、意味をあたえるものです。そして、それによってアイデンティティーをきずきます。どうやって倫理にもとづいた新しい物語をつくるか。これがコスタリカにとっても、世界にとってもこれからの大きな課題だと思います。

新しい物語が必要

今、世界中でも見られる傾向ですが、コスタリカでも原理主義的なキリスト教会が主導する極右的な運動が台頭しているのはとても心配です。国全体が保守的になっているわけではありません。むしろ若い人たちはよりオープンで進歩的になっていると思います。ここ数年間、何が変わったかというと、以前は政治にかかわらなかった、福音派系の教団がおおやけに政治活動をはじめたことです。これはアメリカがラテンアメリカに意図的に輸出した運動です。

たとえば、私が教育大臣だったときに、カトリック教会の反対を押し切って性教育をカリキュラムに導入しました。反対派が憲法法廷に訴え、憲法法廷はそれぞれの生徒の親が性教育の授業を受けるべきかどうか決めるべし、という判決をくだしました。当時は、授業を受けなかった生徒はほんの2パーセントでした。ところが2018年の大統領選挙では、(現大統領カルロス・アルバラードに対抗した)ファブリシオ・アルバラードが掲げた大きなテーマのひとつが性教育の廃止だったのです。

メディアが政治家たちをひたすら攻撃するのに専念しているのもよくないことだと思います。結局は国家に対する国民の信頼をそこねることになりますから。

だからこういった傾向に対抗する新しいビジョン、そしてそれにもとづいた物語をつくる必要があります。カルロス・アルバラード大統領が就任して数か月後、彼と話し合ったことがあります。あなたたちが政府としてなにをやりたいのか説明する物語が必要だ、といったのですがわかってもらえなかったようです。彼はいろいろな政策やプログラムを並べたてるのですが、それだけではパズルのピースをばらまくようで、意義が欠けています。実際この政府の国民とのコミュニケーションはまったくうまくいっていません。

さっきも言いましたけど、人間はつねに事実にもとづいて、理性的に自分個人にとって何がつごうがいいか決めて行動するわけではありません。むしろ何を信じるかによって決断するものです。それもそのひと個人だけの信念ではなく、友人や家族、宗教などいろいろな要素が影響します。マルクスは、「人間は複数の決定要因の統合の賜物だ」といいました。物語とはその複数の要因を統合して、意味をあたえるものです。そして、それによってアイデンティティーをきずきます。

今の問題はフェイクニュースの現象でもみられるように、事実とまったくかけ離れた物語がでっちあげられ、それにもとづいてアイデンティティーがつくられていることです。また、ポピュリスト的な政治運動は、これは右翼も左翼もそうだと思いますが、差別やヘイトなど人間のいちばん悪いところを強調するアイデンティティーをつくりあげています。

これに対してどうやって倫理にもとづいた新しい物語をつくるか。これがコスタリカにとっても、世界にとってもこれからの大きな課題だと思います。革新主義者たちのまちがいは、自分たちは正しいことをやっているからわかってもらえるはずだ、と思い込んできたことです。正しいことを訴えるだけではなく、なぜそれが正しいのか人びとが納得できる物語をつづらなくてはなりません。たとえば第二次大戦後のヨーロッパや、60年代、70年代の公民権運動にみられたように。

今、世界でも、コスタリカでも極右が台頭してきています。20世紀が社会民主主義の全盛期で、いろいろな改革を実現できたことを思えば、今はそれに対する反革命の時期なんでしょう。希望が持てるのは、多くの経済学者がより革新的になっていることです。たとえばジョゼフ・スティグリッツのように。

グローバルな問題にどう立ち向かう?

教育大臣時代、サンホセ近郊のプリスカルの高校で学生たちとの対話

世界全体を見た場合、もうひとつ大きな問題はグローバルな動きと国々のレベルでの動きとが合致しないことです。経済はますますグローバル化しています。気候変動もグローバルな問題です。でもこういった課題を前にして、国々がグローバルなレベルで、協力しながら対処できていません。たとえばコスタリカにはフリーゾーン(自由貿易区域)があります。財政改革の議論をするたびに、フリーゾーンの企業にも税金をかけるべきだ、という意見が出ます。たしかに正論なんです。でもこれはコスタリカだけで決められることではありません。こういうルールは、フリーゾーンで活動する国際企業が決めるからです。コスタリカが課税すれば、彼らはほかの国にうつってしまうだけです。こういう国際企業を規制するための手段がまだありません。EUがこの方向に少しずつ前進しているようですけどね。

コスタリカが軍隊を廃止したことは今でも重要な意味があります。戦争ができないということは、どんな問題があっても、話し合いを通じて政治的な合意に達しなければならないということです。国民全体がこれをはっきりと理解しているということは重要なことです。

すべての国でこれが可能だとは思いません。もし世界中の軍隊をなくしたらぜったいどこかの国が自分だけ軍隊を持とうとするにちがいないですからね。

今はコロナのおかげで、ほとんど家にいて、家からオンラインでコスタリカ大学の授業を教えています。学生たちをみていて、今のコスタリカの若者には希望がもてます。いろいろなことに好奇心をもっていて、インテリジェントで。環境やフェミニズム運動に参加している子もたくさんいます。私は不平等についての講座を教えているのですが、この問題にはとくに心を痛めているようです。

私の長女が今オランダで博士課程の勉強をしていますが、去年のはじめに子どもがうまれました。私たちの初孫です。男の子でブルーノといいます。このごろのいちばんの楽しみは毎朝、妻と朝ごはんを食べながら、ズームでブルーノと話すことです。ビデオを通じてですけど彼も私たちのことをちゃんとわかってくれていて、本当にかわいいですね。

日本についてはほとんど知識がありません。でも世界から孤立した国だという印象があります。言葉のせいでしょうか。あれだけ経済や文化の面で大国なのに不思議です。

(2021年2月2日インタビュー)

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